飛騨のやきもの 〜その歴史と現在

■はじめに
飛騨高山には江戸時代から続く、四軒の伝統的な窯元があります。このページではそれぞれ特色をもつ窯元についてご紹介します。どうぞご覧下さい。

■歴史
・飛騨三代藩主 ・金森重頼公は茶に造詣が深く、寛永年間(1620年代)、兄である茶匠・金森宗和公(茶道宗和流の開祖)の周旋によって京から陶工を招き、飛騨のやきものが始まりました(小糸焼)。

その後幕府直轄の天領となってから、郡代の力添えによって始まったのが渋草焼です。民窯としての山田焼も江戸中期に始まっています。


茶道宗和流開祖 金森宗和公 江戸中期、飛騨は天領となる(高山陣屋)
※飛騨のやきものの歴史についてさらに詳しいことがお知りになりたい方はこちらをご覧下さい.

■ 窯元紹介〜高山の四軒の窯元をご紹介します。

・小糸焼窯元
岐阜県高山市上岡本町1丁目136(飛騨の里近く)
TEL : 0577−32−1981

●小糸焼のホームページはこちらから

寛永年間、金森重頼公が京都より陶工を招いて、高山の西、小糸坂に窯を焼かせたのが始まり。飛騨でもっとも古い窯元です。当初茶器などを焼いていたと言われていますが、何度かの衰退・復興ののち、現在、小糸の地にて作陶しています。特長は「青イラボ」という、小糸焼オリジナルの渋く深みのあるコバルトブルーのうわぐすり。茶道具、食器、クラフト作品まで幅広く手がけています。
小糸窯当主・長倉泰山 氏
茶道宗和流十六世でもあります。
青イラボ釉 香炉




・渋草焼芳国舎

岐阜県高山市上二之町63番地
TEL : 0577−34−0504


●芳国舎のホームページはこちら


1841年(天保12年)、飛騨郡代・豊田藤之進が尾張から陶工戸田柳造を招いて窯を開きました。苦心の末、磁器をつくることに成功。数年後には九谷から画工を招き、飛騨赤絵、飛騨九谷と呼ばれる質の高い製品を生み出しました。手書きの絵付けによる磁器です。歴史ある工房は高山市の文化財に指定されています。
工房での絵付けの様子 花鳥色絵皿




・渋草柳造窯

岐阜県高山市新宮町4249-29
TEL : 0577-33-1150

もう一つの渋草焼、「渋草柳造窯」は、芳国舎と同様、歴史ある窯元です。こちらは陶器に赤絵・染付け・五彩など、鮮やかな作品が特長。現当主 6代目渋草柳造氏は独自の意匠と繊細な絵付けで新しい境地を開いています。
色絵桜画・煎茶器揃 六代目渋草柳造氏
そのロクロと絵付は高く評価されています。




・山田焼

岐阜県高山市山田町1197
TEL : 0577-32-4077

山田焼は、江戸時代の中頃、1700年代に高山の西方・山田の地に生活雑器を焼くために生まれました。昭和中ごろまでは数軒の窯があり、すり鉢や碗などを焼いていましたが、現在は「小林陶舎」一軒が残り、素朴な民芸調のやきものを焼いています。
当主 小林鳳山 氏 昔から作っている青首徳利


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